イブサンローラン
特徴
フランスが誇る世界的ブランドです。20世紀のファッション業界をリードし、2002年に引退するまで、トップデザイナーとして、40年にわたり活躍しました。モードの帝王と呼ばれています。
彼のファッションの特徴は、洗練され、黒やくすんだ色の使い方が上手く、パンチの効いたタッチと着せ方という点にあります。また、モード史から見た醍醐味は、伝統的なエレガンスの概念に代えて、モードの大衆化時代に相応しい魅惑というイメージを導入した点にあります。デザイナーとしての器用さや広がりが大きく、演劇、バレエのコスチュームを手がけたり、ジジ・ジャンメール、カトリーヌ・ドヌーブたちの服を、ステージ用の服装からプライベート衣装までを作成しました。
なお、生前親交の深かったナオミ・キャンベルは、「イブサンローランは、ファッションの王様だった。彼はプレタポルテを生み出し、初めてランウェイに有色人種を起用した。私のキャリアにおいて、極めて重要な人物よ。」と語っています。彼女は、彼のおかげで、黒人の女性を起用しないと言われていた仏版ヴォーグ誌の表紙を飾ることが出来ました。
彼は、デビューから引退まで、常に自由に生きる女性のために、革新的なスタイルを提案し続けました。
略歴
●1936年8月1日
フランスの植民地のオラン(アルジェリア)で生まれる
●1953年
17歳。パリのChambre Syndicale de la Haute Couture ファッションデザイン学校に入学。IWS主催のデザインコンクールにおいてカクテルドレスを発表し最優秀賞を受賞。この時の審査員だったVOGUEのディレクターミッシェル・デブリュノフにより、クリスチャン・ディオールに紹介される。
●1957年
21歳。ディオールの死により、ディオールブランドを財政的な破滅から救うために主任デザイナーとなり、大きな力で仕事を始める。
●1958年
ディオールにおける最初のコレクションにブランコ線(Trapze Line)と呼ばれるデザインを発表。これは、狭いところから、穏やかに肩を燃え上がらせた、より広くより短い、丁度膝をカバーしている裾の線です。なお、秋のパリ・コレクションには、このラインを採り入れたデザインの服を発表しています。
●1960年
アルジェリア独立の戦争に徴兵される。この戦争で、神経衰弱となり、治療を受けることになる。
●1962年
神経衰弱の完治。それと共にディオールを去り、芸術後援者であるピエール・ベルジェ(Pierre Bergé)の出資により自身のレーベル、オートクチュールメゾン「イブ・サンローラン(YSL)」を設立、活動を開始する。
以後、シースルー、サファリルック、モンドリアンルック、スモーキング、パンタロン等、60年代を代表する新しいエレガンスのスタイルを発表。
※モンドリアンルック……オランダの抽象画家モンドリアンの作風をとり入れた幾何学的な柄(水平線、垂直線で区切られた正方形、長方形に色をはめ込んだもの)をいかした、衿なし、袖なし、膝丈のワン・ピース、または、そのような柄の装い
●1966年
「イブサンローラン」のプレタポルテ(既製服)ラインである「イブ・サンローランリヴ・ゴーシュ」のブティックをパリに開設。最初のコレクションのイメージモデルは、フランス公爵の娘、ルル・ド・ラ・ファレーズ(Loulou de la Falaise)でした。その他、アングロ-・アイリッシュのモデル、ベティ・カトルー(Betty Catroux)、ブラジル系でアメリカ外交官の父とフランスの装飾家の母を持つタリタ・ポル(Talitha Pol)、フランスの代表的な女優カトリーヌ・ドヌーブなどが、ランウェーに立ちました。また、カトリーヌ・ドヌーブの出演映画『昼顔』の衣装もデザインしています。
●1970年代後半~1980年代初期
イギリス・ロンドン社交界の名士であり資産家であったダイアン・キャサリー・ヴァンデッリ(Diane Casserley Vandelli)がブランドの紹介役となり、ヨーロッパのジェット族(余暇を持て余す有閑階級)と上流階級に絶大な人気を得た。
●1989年
ファッションブランドとして初のパリ証券取引所に株式を公開しました。
●1993年
パリで「デ・ドール賞」を受賞しました。なお同年、サノフィ・ボーテ社に買収される。
●1997年
男性服のディレクターにエディ・スリマンが就任。
●1998年
ジーンズのブランド・サンローランを発表。デザイナーはエディ・スリマン。
●1999年
ピノー・プランタン・ルドゥート(PPR)社がサノフィ社を買収。PPR社は、イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ及び香水部門をGUCCI社に売却。ただし、イブ本人とオートクチュール部門はPPR傘下として残る。
●2000年
リヴ・ゴーシュの婦人服デザイナーであったイスラエル人アルベール・エルバス(Alber Elbaz)が辞任。続いて、男性服のディレクターであったエディ・スリマンが辞任。
●2001年
フランスのシラク大統領より、レジオンドヌール勲章三等勲章を授与される。
また、自ら展開するプレタポルテ「イブ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ」がグッチ・グループによって買収される。また、S/Sよりリヴ・ゴーシュのデザイナーにトム・フォードが就任。
●2002年1月22日
パリのオートクチュールコレクションを最後に引退。その後は、マラケシュ(モロッコ)の家で殆どの時間を過ごす。
●2002年10月31日
イブの引退もあり、パリのアヴェニューマルソーのアトリエが閉店し、オートクチュール部門は閉鎖。リヴ・ゴーシュのみの展開となっている。
●2004年
フォード辞任。
●2005年
ステファノ・ピラーティがクリエイティブ・ディレクターに就任。
●2007年12月6日
ニコラ・サルコジ大統領からレジオン・ドヌールオフィシエ級を授勲。
●2008年6月1日
ガンのため逝去。71歳。